浦和地方裁判所 昭和53年(行ウ)14号 判決
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【説明】
事実関係は、次のとおり。
「第一 当事者双方の求める裁判
一 原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和四九年四月二六日付でした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
二 被告指定代理人は、主文第一、二項の判決を求めた。
第二 当事者双方の主張
一 原告訴訟代理人は、その請求の原因として、次のとおり陳述した。
(一) 原告は、昭和三八年七月一六日埼玉県所沢市大字所沢一、四一五番地に所在する訴外近畿車輛株式会社(以下、訴外会社という。)に入社し、所沢建材工場のアルミサッシの組立職場での作業に従事した後、同四〇年五月から同工場差立職場に配転されてその作業に従事していたが、同四二年夏ころから手首に変調が発現し、その後腰、首、足首等にも痛みが発症し、国立西埼玉病院(旧国立所沢病院)、駿河台日本大学病院で受診し「外傷性頸部症候群、両側変形性手関節症」なる傷病名(以下、本件疾病という。)で加療し、そのため同四六年一一月一四日から訴外会社を休業した。
(二) ところで、右疾病は、差立職場における、右腕を垂直に挙げ手首を甲側に直角に曲げその上にサッシ枠(以下、FB枠という。)を乗せ、左腕は水平に右前方に出して右枠の縦の部分を掴むという不自然な姿勢によるFB枠運搬作業を、長期間にわたつて毎日行つたことによつて発症したものであるから、業務上の事由によるものである。
(三) そこで、原告は、昭和四八年一一月一四日被告に対し労働者災害補償保険法第一四条に基づいて同四六年一一月一八日から同四七年三月三一日まで一一四日間の休業補償給付を請求したところ、被告は、同四九年四月二六日付で原告の本件疾病は業務上の事由によるものとは認められないことを理由に右補償給付をしない旨決定(以下、本件処分という。)をし、同月二八日その旨原告に通知した。原告は、これを不服として同年六月二二日埼玉労働者災害補償保険審査官(以下、単に審査官という。)に審査請求をしたが、同五〇年二月三日付で審査請求を棄却されたので、更に同年三月二六日労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同五三年四月二八日再審査請求棄却の裁決がなされ、右裁決書は同年七月四日原告に送達された。
(四) しかしながら、本件処分は、原告の疾病を業務上の事由によるものでないと誤認してなされた違法な処分であるから、原告は、被告に対し本件処分の取り消しを求めるため本訴請求に及んだ。
二 被告指定代理人は、請求原因に対する答弁並びに主張として、次のとおり陳述した。
(請求原因に対する答弁)
(一) 請求原因(一)の事実のうち、原告が昭和四二年夏ころから手首に変調が発現しその後腰、首、足首等にも痛みが発症したとの点を争うが、その余の事実を認める。
(二) 同(二)の事実のうち、FB枠運搬作業における姿勢が原告主張のとおりであることを認めるが、その余の事実を否認する。
(三) 同(三)の事実を認める。
(主張)
原告の本件疾病は、業務に起因したものではない。その理由を詳述すると、次のとおりである。
(一) 原告は昭和四〇年五月ころから同四四年三月まで訴外会社所沢建材工場において、差立職場の工長の職にあつた者であるが、その業務内容は、作業計画の立案、作業割当の指示、機械・熔接・アルマイト作業の進度調査及び推進、服務規律の指導監督等の業務のほか、機械工場において加工・組立・熔接されたFB枠の誤作の有無を検査し、仕様書の規格別に仕分けした上、アルマイト加工場の指定置場までこれを運搬する業務に従事していた。
(二) FB枠は、5A型、5R型及びK7型の三種があり、その生産状況は次のとおりであるが、5A型は全体の生産量の五ないし七パーセント、重量は5R型の三分の二程度であつて、5R型、K7型のサイズ、重量は別表記載のとおりである。
(FB枠の生産状況)
1 昭和四〇年八月 5A型生産開始、生産量は少ない。
2 同四一年 5R型、K7型生産開始、生産量急増
3 同四一年四月から同四二年三月まで 五五、六二七枚
4 同四二年四月から同四三年三月まで 六七、二四七枚
5 同四三年四月から同四四年三月まで 八七、三〇六枚
6 同四四年四月から同四五年三月まで 生産量不明
7 同四五年夏ころから 生産激減 その後生産打切り
(三) 原告のFB枠運搬作業の内容は、次のとおりであるが、その作業には原告のほか数人の者が従事していた。
1 FB枠の運搬数量は、一日二五〇ないし二八〇枚程度である。
2 FB枠の重量は、機種・サイズによつて異なるが、一枚2.5ないし5.7キログラムであつて、一度に二、三枚運ぶので、一回の運搬重量は、平均9.8キログラム程度である。
3 運搬距離は、仕上完了置場からアルマイト加工のための指定置場までの約一五メートルである。
4 FB枠の運搬作業は夕方に集中しその運搬に要する時間は、平均すると、連続作業で二時間前後である。
5 運搬姿勢は、右腕を垂直に挙げて掌を広げ、手首を甲側に直角に曲げてその上にFB枠二ないし三枚を載せ、左腕は水平に右前方に出してFB枠の縦の部分を掴んで安定させるが、その際FB枠の下部が脚に絡みつくのを避けるため左腕を右方向に突張り、また、長いFB枠の場合には、枠の底部が地面に触れないようにするため爪先立ちをすることもある。
(四) 原告は、昭和六年一〇月二六日生まれの男子であつて、同四三年五月九日当時身長一六二センチメートル、体重五七キログラムで、特に異常はなく、その後体重等特に変化はみられない。
(五) 原告の疾病及び受診の経緯は次のとおりである。
1 昭和四二年五月又は七月ころテニスをしていて転倒、頭部を打つたことがある。
2 同年九月から三か月鍼、按摩の治療。
3 同四三年三月東大病院において、首、指の検査を受けたが異常なしといわれた。
4 同四四年七月から三か月頸肩腕症候群の傷病名で佐藤整形外科医院で治療。
5 同四五年一一月一六日から同四六年一月八日まで毛利整骨院で、自宅前で転倒して被つた左前腕不全骨折により治療(訴外会社提出の診療報酬請求書による。)。
6 同四六年八月から同四七年五月まで国立西埼玉中央病院で、左手関節炎、外傷性頸腕症候群、多発性関節炎の傷病名で治療。
7 同四七年一月駿河台日本大学病院で首、手首の検査。
8 同年二月千葉大学病院で頭部外傷により治療。
9 同年八月佐藤整形外科病院で両側手関節炎で治療。
15 同年八月から同四八年一〇月まで駿河台日本大学病院で両手関節変形及び左手関節炎、右膝関節炎(変形)、頸部症候群、多発性関節炎で治療を受け、同四七年九月には左手首、同年一一月に右手首の各手術をした。
11 同四八年一月小豆沢病院で両手関節脱臼、変形性関節症、右膝関節症によつて治療。
(六) そこで、被告は、原告の本件疾病と業務上の起因性を明らかにするため、原告を診療した医師の所見及び意見を求めたところ、次のとおりであつた。
1 昭和四六年八月一〇日原告を初診した国立西埼玉中央病院の医師訴外妹尾寿の診断した傷病名は、外傷性頸部症候群、左右手関節痛である。原告の主訴は両手関節痛及び項部痛であつて、原告の訴によると発病は同四二年八月であるというのであるが、その後の経過をみても訴えが多く、疼痛個所に移動があつた。初診時の所見によると、手関節には圧痛があるが腫張はなく、最大屈伸運動は軽度に制限され、頸椎に関しては旁頸椎筋圧迫痛、頸椎棘突起圧痛があり廻旋運動は高度に制限される。しかし、エックス線検査によると、両手関節、頸椎に異常はなく、血液、血清、尿検査においても異常がない。既往症は不詳であるが、四年前コンクリート道路に転倒後頭部を打ち、その年の秋から頸椎の動きが悪くなつたり、上肢に痛みがあつたという。そして、本件疾病と業務との因果関係は不詳という。
2 駿河台日本大学病院の医師訴外佐藤勤也は、診断傷病名を両側変形性手関節症とし、主訴として両側手関節部痛、手関節可動制限を挙げており、エックス線所見で手関節の変形性関節変化を認め、尺骨茎状突起は亜脱臼位で、既往歴は無い。そして、本症と業務との因果関係は不詳であるとする。
3 佐藤整形外科医院の医師佐藤勤也(右佐藤医師と同一人。)の初診は昭和四四年七月四日であつて、初診時の傷病名は頸肩腕症候群である。自訴は、項部痛、頸肩腕部痛及び時に関節部痛である。原告の申立による発病は同四二年秋であつて、同四四年一〇月二九日に軽快している。諸検査の結果及び臨床所見で特に異常所見を認めず、既往歴にも特記すべきものはない。原告の本件疾病と業務との因果関係については、臨床所見並びに病状経過より両者の間に密接な因果関係を認めることは困難であるとする。
なお、同医師は、審査官の照会に対し、「(1)、頸肩腕症候群は年令的変化に伴うものであつて業務によつて発症したということは、医学的に証明することは困難である。(2)、両手関節変形症も業務によつて発症した疾病であるという医学的証明は困難である。非常に疾病の多い人であるが、仕事によつて両方の疾病が発病したという因果関係はない。」と回答している。
(七) 更に、被告及び審査官が原告の本件疾病の原因についての鑑定及び医師の意見を求めたところ、次のとおりであつた。
1 埼玉県労働基準局医員訴外中村友輔医師の意見は、「差立作業が本症の発生に無関係であると断言することはもち論できないが、重量九キログラムのもので一日の運搬時間一―二時間の作業内容のものを症状出現まで二年間続けたことが重激な業務といい得るか疑問であり、かつ、他の同じ業務に服していた人には同症は発生していない。したがつて、本件は明らかに業務に起因するものとはいい難く、業務外として取扱うべきものと思料する。」旨述べている。
2 埼玉県労働保健センターの医師訴外田中茂は、「(1)、アルミサッシ枠の運搬姿勢等は不自然であるが、正常の成人男子で本人の年齢であれば軽度の障害は考えられても、本現症ほどの障害の直接原因と断言することは無理である。(2)、同じような作業形態は他の職場にも多くあるが、本症と同様な障害は寡聞にして知らない。また、同僚にも軽度の一過性の障害はあつても翌日に持ち越さぬ程度であり、それ以上の障害は知られていない。(3)、病名が多様であること。部位が移動していることが認められる。(4)、本件の作業内容では一過性の「こり」や痛みなどがあり得るが、それは軽症に止るのが普通である。(5)、診断書による本症発症の時期には既に作業から離れて二〜三年経過しているので直接結びつけることは無理と思われる。(6)、ただ、疾病を分離してそれぞれ原因別に考えることは時には誤りをおかすことがあり、全身病の部分症状であることも考えられるが、もし全身病となると作業との関連はますます不明となる。」との意見を述べている。
(八) 以上のとおり、原告の従事したFB枠運搬作業は、一般男子労働者の労働態様として重激な業務ではなく、他の同種の作業に従事する労働者に比較して、本件疾病の原因となるほど過重な作業でなかつたし、また、原告が昭和四四年七月佐藤整形外科医院において、頸肩腕症候群の傷病名で治療を受けたのは、原告がFB枠運搬作業に従事していた差立職場からアルマイト職場に配転となつてから三か月も経過した時点であり、しかも、その際諸検査の結果異常がないと診断され、同年一〇月二九日には軽快したのであつて、その後における毛利整骨院、国立西埼玉中央病院、駿河台日本大学病院における治療の経過、原告が差立職場において作業に従事中、本件のような疾病を訴外会社上司に訴え出たこともなく、殆んど医師の治療も受けていなかつた事実に、前記鑑定、医師の意見からすると、原告の本件疾病は、業務に基因すること明らかなものとは認められない。
(九) 従つて、被告が原告の本件休業補償給付をしなかつた処分は正当であるから、原告の本訴請求は、失当として棄却さるべきものである。
三 原告訴訟代理人は、被告の主張事実に対する認否並びに反論として、次のとおり陳述した。
(一) 被告の主張(一)の事実のうち、原告が被告の主張する期間訴外会社所沢建材工場において、差立職場の工長の職にあつたこと及びFB枠の運搬作業に従事していた事実を認める。
(二) 同(二)の事実を認める。
(三) 同(三)の事実のうち、FB枠運搬作業には原告のほか数人の者が従事していたとの事実を否認するが、その余の事実を認める。差立職場の従業員全員もFB枠の運搬作業に従事したが、それは、アルマイト加工処理が終り乾燥機からベルトコンベアーによつて運ばれてきたFB枠を取り外し、次の工程である組立工場に運搬する作業であつて、枚数も一日約三〇枚程度である。
原告の作業内容は、朝は、FB枠の材料である棒材を機械工場からアルマイト工場へ、アルマイト工場から機械工場へと台車に載せて運搬し、昼には、仕分け整理作業をし、夕方は、朝と略、同様の作業のほか、本件で問題となつているFB枠の手持ちによる大量運搬作業に従事していたのである。
(四) 同(四)の事実を認める。
(五) 同(五)の1〜4の事実を認める。原告が鍼、按摩の治療を受けたのは、染谷治療院である。
同(五)の5の事実中、原告主張の診療報酬請求書にその主張のような記載の存することを認めるが、原告が治療を開始したのは昭和四五年一〇月一八日であつて同年一一月一六日ではなく、傷病名、傷病の原因を否認する。原告は、毛利整骨院で手首の治療を受けたのである。
同(五)の6ないし11の事実を認める。
なお、原告は、小川接骨院において、昭和四七年六月から一か月間首、手首の治療、同四八年六月から一か月間腰の治療を受けたほか、同四八年一二月から半月間所沢診療所において腰の治療を受けている。
(六) 同(六)の1の事実を認める。ただし、最大屈伸運動の制限は、両手関節である。昭和四七年一月の佐藤医師のエックス線所見によれば、手関節の変形性関節変化を認められるから、妹尾医師のエックス線検査にはミスの疑がある。
同(六)の2の事実を認める。なお、佐藤医師は、「両側手関節部尺側茎状突起の亜脱臼、手関節可動制限(中等度)及び手関節部の軽度腫張圧痛、手関節部痛。」を認めている。
同(六)の3の事実を認める。
しかしながら、右の意見は、いずれも業務起因性について「不詳」、または「因果関係を認めることは困難である。」としているが、FB枠運搬作業の態様に触れることなくしてこのような判断をできる筈のものではない。
(七) 同(七)の1の事実を認める。
しかしながら中村医師は、本件の作業内容について甚しく誤解しているばかりでなく、FB枠運搬作業における姿勢の異常さについての視点を欠くなど全く信用できないものである。
同(七)の2の事実を否認する。
(八) 同(八)の事実を否認する。
元来変形性関節症は、長期にわたつて力学的負担を加えられた関節に起り易く、特に運動量が大きく荷重関節である膝関節、股関節に多く発症するものであるが、変形性関節症類似のエックス線像を呈しながらも臨床的には症状を現わさないものも多数存在し、炎症によつて破壊された関節はその炎症過程が停止したとしても、既に引き起された破壊のために変形性関節症として進展していくものである。本件において、原告は、手首関節に変形関節症の症状が現われており、これは原告において手首関節を酷使した運動姿勢に基因するものとしか考えられないのである。要するに、原告の本件疾病は、FB枠運搬作業に従事した以外にその原因を考えることはできないから、業務に基因すること明らかである。」
【判旨】
一原告が昭和三八年七月一六日訴外会社に入社し、所沢建材工場のアルミサッシの組立職場での作業に従事した後、同四〇年五月から同工場差立職場に配転されてその作業に従事していたこと、原告が国立西埼玉中央病院、駿河台日本大学病院で受診して本件疾病で加療し、そのため同四六年一一月一四日から訴外会社を休業したこと、そこで原告が同四八年一一月一四日被告に対し労働者災害補償保険法第一四条に基づいて同四六年一一月一八日から同四七年三月三一日までの休業補償給付を請求したところ、被告は同四九年四月二六日付で原告の本件疾病は業務上の事由によるものとは認められないことを理由に、原告の請求にかかる右補償給付をしない旨の本件処分をして、同月二八日その旨原告に通知したこと、原告が同年六月二二日これを不服として審査官に審査請求をしたが、同五〇年二月三日付で審査請求が棄却されたこと及び原告が同年三月二六日労働保険審査会に再審査請求をしたが、同五三年四月二八日右再審査請求棄却の裁決がなされ、右裁決は同年七月四日原告に送達されたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで、先ず、原告の業務の点について検討する。
(一) 訴外会社における原告の職歴
前示争いのない事実に、<証拠>を総合すると、原告は、昭和三八年七月一六日訴外会社に入社し、所沢建材工場のアルミサッシの組立職場で作業に従事していたが、同四〇年五月差立職場に配転されてその工長となり、同四四年四月アルマイト職場に移り、同年一〇月オーダードアー職場に、同四七年一〇月事務系統の職場に、同四八年四月下拵職場に、同五〇年機械オーダー職場(右職場は同五一年六月オーダードアー職場と統合されてオーダー職場となる。)に、同五三年五月製造課(事務)、同年一〇月総務課(事務)に移つて現在に至つた事実を認めることができる。
(二) 原告の差立職場における職務内容
原告が差立職場においてFB枠の運搬に従事していた事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、原告は、輩下約一一名を擁する差立職場の工長として、右FB枠の運搬作業のほか、差立職場における作業計画の立案、作業割当の指示、機械、熔接、アルマイト作業の進度調査及び推進、品質調査、不良品の再手配、能率技術の向上研究、作業日報の作成、服務規律の指導監督、安全衛生整理整頓の指導、設備、機械の整備点検指導、工具類の保安管理等の職務に従事していた事実を認めることができるが、原告が差立職場の工長に就任した後、特に業務量が増加した事実を認めるに足りる証拠は存しない。
(三) FB枠について
FB枠には5A型、5R型及びK7型の三機種があり、5R型、K7型の規格、重量は別表記載のとおりであるが、5A型の重量は5R型の三分の二程度であつて、その生産量は後記全体の生産量の五ないし七パーセント程度であること及びFB枠の生産状況が左のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。
昭和四〇年八月 5A型の生産開始、生産量は少ない。
同四一年 5R型、K7型生産開始、生産量急増。
同四一年四月から同四二年三月まで五五、六二七枚
同四二年四月から同四三年三月まで六七、二四七枚
同四三年四月から同四四年三月まで八七、三〇六枚
同四四年四月から同四五年三月まで生産量不明
同四五年夏ころ 生産激減、その後生産打切り。
(四) FB枠運搬作業の内容
原告本人尋問の結果によると、原告の差立職場勤務当時における有給休暇は、年一五日位であつた事実を認めることができ、これに日曜日、祭日等の休暇を勘案すると、原告の稼働日数は一か月二四日と認めるのが相当であるから、これによつて前示FB枠の生産量より一日におけるFB枠の平均運搬数量を算出すると、昭和四一年四月から同四二年三月までは一九三枚、同四二年四月から同四三年三月までは二三三枚、同四三年四月から同四四年三月までは三〇三枚となる。そして、FB枠の重量は機種、規格によつて異なるが、一枚2.5ないし5.7キログラムであつて、一度に二、三枚を運ぶので、一回の運搬重量が平均9.8キログラム程度であること、運搬距離は仕上完了置場からアルマイト加工のための指定置場までの約一五メートルであること、FB枠の運搬作業は夕方に集中し、その運搬に要する時間は、連続作業で平均約二時間前後であること及び右運搬姿勢は、右腕を垂直に挙げて掌を広げ、手首を甲側に直角に曲げてその上にFB枠二ないし三枚を載せ、左腕は水平に右前方に出してFB枠の縦の部分を掴んで安定させ、その際FB枠の下部が脚に絡みつくのを避けるため左腕を右方向に突張り、また、長いFB枠の場合には枠の底部が地面に触れないようにするため爪先立ちをすることもあること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、原告の右FB枠の運搬作業は、手の空いている差立職場の他の従業員もこれを手伝い、時には二人でFB枠を持つて運搬し、一人でこれを引き摺つて運搬することもあつた事実を認めることができ<る。>
三次に原告の身体的条件、職場環境について検討する。
(一) 原告は、昭和六年一〇月二六日生れの男子であつて、同四三年五月九日当時身長一六二センチメートル、体重五七キログラムで特に異常はなく、その後も体重等に特に変化の認められなかつた事実は、当事者間に争いがない。
(二) 職場環境については、劣悪であるとの事実を認めるに足る証拠は存しない。
四原告の傷病等及び受診の経緯についてみるに、
原告が、
(一) 昭和四二年五月又は七月ころテニスをしていて転倒し頭部を打つたこと。
(二) 同年九月から三か月鍼、按摩の治療を受けたこと。
(三) 同四三年三月東大病院において首、指の検査を受けたが異常なしといわれたこと(<証拠>によると、右検査は、同病院整形外科における精密検査と脳神経外科における診断である事実を認めることができる。)。
(四) 同四四年七月から三か月佐藤整形外科医院で頸肩腕症候群の傷病名で治療を受けたこと。
(五) 毛利整骨院で治療を受けたこと(訴外会社提出の診療報酬請求書に記載されていることについて、当事者間に争いない事実によれば、右治療期間は昭和四五年一一月一六日から同四六年一月八日まで、傷病名は左前腕不全骨折、その原因は自宅前での不全骨折と認めるのが相当である。<反証判断略>)。
(六) 同四六年八月から同四七年五月まで国立西埼玉中央病院で左関節炎、外傷性頸部症候群、多発性関節炎の傷病名で治療を受けたこと。
(七) 同四七年一月駿河台日本大学病院で首、手首の検査を受けたこと。
(八) 同年二月千葉大学病院で頭部外傷により治療を受けたこと。
(九) 同年八月佐藤整形外科病院で両側手関節炎で治療を受けたこと。
(一〇) 同年八月から同四八年一〇月まで駿河台日本大学病院で両手関節変形及び左手関節炎、右膝関節炎(変形)、頸部症候群、多発性関節炎で治療を受け、同四七年九月に左手首、同年一一月に右手首の手術をした(<証拠>によると、右の手術は、左右両手の滑液膜切除及び茎状突起切除であつた事実を認めることができる。)こと。
(一一) 同四八年一月小豆沢病院において両手関節脱臼、変形性関節症、右膝関節症によつて治療を受けたこと。
以上の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告は、
(一二) 同四八年六月から一か月位小川接骨院で腰痛により腰の治療を受けたこと。
(一三) 同年一二月ころ半月位所沢診療所で同様腰の治療を受けたこと。
(一四) 同五六年五月右診療所において慢性関節リウマチで治療を受けたこと。
(一五) 同年六月当時防衛医科大学付属病院において治療を受けているが、松葉杖を使用し、歩行にも不自由を来していること。
を認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠は存しない。
五次に原告を診療した医師の診断内容は、次のとおりである。
(一) 佐藤整形外科医院の医師佐藤勤也
原告初診は昭和四四年七月四日、初診時の傷病名は頸肩腕症候群であり、自訴は項部痛、頸肩腕部痛及び関節部痛であつて、原告の申立による発病は同四二年秋で、同四四年一〇月二九日に軽快している。諸検査の結果及び臨床所見で特に異常所見を認めず、既往歴も特記すべきものがない。
(二) 駿河台日本大学病院の医師佐藤勤也
(右と同一人)
診断傷病名を両側変形性手関節症とし、主訴として、両側手関節部痛、手関節部可動制限をあげている。エックス線所見で手関節の変形性関節変化を認め、尺骨茎状突起は亜脱臼位<証拠>によると、同医師は、他に手関節の可動制限(中等度)、手関節部の軽度腫張及び圧痛を認めている。)で、既往歴はない。
(三) 国立西埼玉中央病院の医師妹尾寿
初診は昭和四六年八月一〇日で、診断傷病名は外傷性頸部症候群、左右手関節痛。原告の主張は、両手関節痛及び項部痛で、発病は同四二年八月であるというのであるが、その後の経過をみても訴えが多く、疼痛個所に移動があつた。初診時の所見によると、手関節には圧痛があるが腫張はなく、最大屈伸運動は軽度に制限され、頸椎に関しては旁椎筋圧迫痛、頸椎棘突起圧痛があり、廻旋運動は高度に制限される。しかし、エックス線検査によると、両手関節、頸椎には異常がなく血液、血清、尿検査において異常がない。既往症は不詳であるが、四年前コンクリート道路に転倒後頭部を打ち、その年の秋から頸椎の動きが悪くなり、上肢に痛みがあつたという。
以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
六以上の事実に基づいて、本件疾病と業務との因果関係の有無について判断する。
(一) 原告が差立職場の工長に就任後、業務量に変更がなく、その業務のうちFB枠運搬作業を除くその余の前示業務は、本件疾病と業務との因果関係の有無を判断するにつき重要な意味を持つものでないことは、既に説示した事実関係に徴して明らかであるから、先ず、FB枠運搬作業の態様等について、更に検討を加える。
前に認定したところによれば、原告が昭和四〇年五月から同四四年三月まで従事したFB枠の運搬作業は、一回に平均9.8キログラムのFB枠二、三枚を垂直に挙げた右腕の手首を甲側に直角に曲げ掌を広げてその上に載せ、左手でこれを右方向に突張つて保持するというのであつて、長い枠の場合には爪先立ちすることもあるというのであるから、その作業姿勢は不自然なものであり、このような姿勢での長時間連続作業は、まさに原告の主張する重激な業務にあたるということができる。しかし、本件においては、右作業は夕方に集中した二時間前後であること、一日における平均運搬数量は、生産量の多かつた同四一年四月から同四二年三月まで一九三枚、同四二年四月から同四三年三月まで二三三枚、同四三年四月から同四四年三月まで三〇三枚であること、その運搬距離も仕上完了置場からアルマイト加工のための指定置場までの約一五メートルと短距離であることも、既にみたとおりであるから、これが運搬作業に二時間前後を要したとしても、右のような不自然な姿勢による作業そのものは、三〇秒前後という短時間の断続的なものであることは見易い道理であるばかりでなく、FB枠運搬作業は、原告が引き摺つて運搬したこともあり、また、短時間ではあるが差立職場の他の従業員の手伝いを受け、ときには二人でFB枠を持つて運搬したこともあることは、既に認定したとおりである。
そして、<証拠>を総合すると、FB枠運搬作業によつて背筋から腰にかけて吊れるような感じを受けたが、右は一過性の障害であつて翌日に持ち越さない程度のものであつたこと及び原告が差立職場からアルマイト職場に移つた昭和四四年四月から同年九月までは村田某、同月から同年一二月までは雨宮比、同年一二月から同四五年三月までは松本某、同年四月からFB枠の生産を打ち切つた同年夏ころまでは雨宮比が原告と同様のFB枠運搬作業に従事していたほか、アルマイト処理後コンベアから流れて来るFB枠を原告と同様の方法で運搬していた従業員もいたが原告のような症状の発症をみた者の存しない事実を認めることができ、原告が同四三年五月当時三六才であつて、身長一六二センチメートル、体重五七キログラムで特に異常がなく、職場環境も劣悪と認め得ないことは、既に説示したとおりである。
そうすると、原告が従事したFB枠の運搬作業は、不自然な姿勢で上肢を使用するものであるが、さ程重激なものではなかつたものといわざるを得ない。
(二) 次に原告の疾病の点について考察するに、原告が昭和四二年七月ころ頭部を打つて間もなく鍼、按摩の治療を受け、同四三年東大病院において首・指の検査を受け、次いで差立職場を去つた後の同四四年七月佐藤整形外科医院において頸肩腕症候群の傷病名で治療を受けたが、その後も左前腕骨不全骨折、左関節炎、外傷性頸腕症候群、多発性関節炎、頭部外傷、両側手関節炎、両手関節炎変形、左手関節炎、右膝関節炎(変形)、頸部症候群、多発性関節炎、手首の手術、両手関節脱臼、変形性関節炎、右膝関節症、腰痛、慢性関節リューマチの傷病名で治療を受けたこと及び原告の愁訴が多く、その疼痛個所に移動のある事実は、既に認定したとおりであつて、右の事実によれば、原告の傷病名は多岐にわたるが、関節部に集中し、その疼痛個所にも移動のあることは、原告の疾病について、特徴的なものとして指摘することができる。
(三) 進んで、本件疾病が業務上に起因するものかどうかについて判断する。
<証拠>によると、原告の右疾病のうち、昭和四二年七月の頭部打撲、左前腕骨不全骨折、同四七年二月の頭部外傷と関連を有するものは、左手関節炎、外傷性頸腕症候群、左手関節炎、手首の手術と関連を有するものは、両手関節脱臼、変形性関節炎であるが、頸肩腕症候群、頸部症候群を除くその余の疾病については、FB枠の運搬作業はもとより右各外傷との直接の関連を認めることはできず、右頸肩腕症候群、頸部症候群についても、右作業を直接の原因として発症したものと認めることはできない。
(四) そうすると、本件疾病は、業務との間に因果関係を有しないことになるが、鑑定証人和田博夫は、外傷性頸部症候群は頸肩腕症候群と思つて書いたと思う旨供述するので、頸肩腕症候群と業務との関係について判断を加える。
原告の主張する本件疾病発症の時期がFB枠運搬作業に従事した二年後であつて、当時原告の業務量に変更がなく、身体的条件にも異常がなく、職場環境も劣悪でなかつたこと、FB枠の運搬作業も重激なものではなく、原告と同様の作業に従事した他の従業員に原告と同様の発症をみた者が存しないこと及び原告の主張する発症が転倒して頭部を打つて間もないことなどの前叙認定事実に<証拠>を総合すると、頸肩腕症候群とFB枠運搬作業との間に直接の因果関係は存しないものと認めるのが相当である。
もつとも、<証拠>には、「頸肩腕症候群とは、頸、肩、腕から手指に及ぶ疼痛、麻痺、循環障害など神経血管の症状を呈する全身症」であり、「本件疾病は、先ず、頸肩腕症候群として現われたものであつて、項部痛、頸肩腕部痛、ときに関節痛など多様なる症状を示す全身病の一部分である頸肩腕部に局所の血液等の循環障害として現われたものと考えて然るべきであり、むしろ全身病であるが故に、不自然な姿勢などの作業との関係を示すものである。」旨の記載が存し、鑑定人和田博夫も同旨の供述をしている。しかし、頸肩腕症候群とは、種々の機序により、後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手及び指のいずれか、或いはその全体にわたり、こり、しびれ、いたみなどの不快感を覚え、他覚的には、当該部諸筋の圧痛及び緊張若しくは硬結を認め、時には頭部、頸部、背部、上肢における異常感、脱力、血行不全などの症状を伴うことのある症状群に対して与えられた名称であつて、これらの症状は、上肢を過度に使用した場合、外傷及び先天性の奇形による場合のほか、①頸、背部の背椎、背髄あるいは周辺軟部の腫瘍、②頸、背部及び上肢の炎症性疾病、③関節リューマチ及びその類似疾病、④頸、背部の背椎、肩甲帯及び上肢の退行性による疾病、⑤胸郭出口症候群、⑥末梢神経障害、⑦内臓疾病に起因する諸関連痛及び⑧類似の症状を呈しうる精神医学的疾病によつても発症する(ただし、業務性を判断するにあたつては、右①ないし⑧の疾病については別途判断を要する。)ものである(昭和五〇年二月五日基発第五九号キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について。)から、頸肩腕症候群が全身症であるからといつて、このことから直ちに不自然な姿勢で上肢を使用する本件作業との関係を示すものとみることができない。また、<証拠>によると、変形性関節症(炎)とは、関節体に慢性の退行性及び増殖性変化が同時に起り関節体の形態が変化するものであつて、中年以後に発症し、膝、股、肘関節など大関節に頻発するものであるが、特別の原因なく、ある素質を基礎として関節の老衰現象に機械的影響が加わつて発症する原発性(又は真性)のものと、先天性または後天的な関節の異常形態、外傷、疾患、新陳代謝異常など明白な原因を素地として発症する二次性のものがあること。原発性のものは、潜行的に発症し、初めは関節の硬ばる感があり、後に間歇的に疼痛を伴い、関節可動性は漸次求心的に減少し、二次性のものは、原因となる炎症又は外傷より引続き、或いは一定の無症候期間を経て発展するものであること。しかし、その発生機序については、局所の血行障害により関節軟骨の栄養障害が起り、これにより変形性関節症が発生するとして血行障害に原因を求めるもの、これを否定するもの、関節の不平等のまたは過度の荷重により、或いは老衰化によつて関節軟骨の弾性が阻害され、軟骨下の骨髄組織が刺戟されて増殖を来すもの、関節軟骨の損傷によつて誘発された再生現象にあるとするもの、更には関節体がムコ多糖類の酵素分解のために平衡が失われ、年齢的現象の範囲から病的変性へ向うものとするなど諸説が存し、必ずしも明確なものでない事実を認めることができる。そして、埼玉労働基準局医員中村友輔が、本件疾病は業務に基因するものとはいい難い旨の意見を述べた事実は、当事者に争いがなく、これに右に説示した事実並びに<証拠>を総合すると、原告の両側変形性手関節症とFB枠運搬作業との間には、明らかな因果関係は存しないものと認めざるを得ない。
このように、疾病を分離してそれぞれ原因別に考えることは、時に誤りを起す虞れがあり、このことは、<証拠>において指摘するところであるが、仮に、本件疾病を含めた原告の前示疾病全部(ただし、外傷を除く。)を全身症の症状として捉えることができるとしても、右全身症と原告のFB枠運搬作業との関連は更に不明確となるを避けられないことも、<証拠>のいうところである。
なお、前示頸肩腕症候群に、FB枠運搬作業による障害が合併したとするなら、右作業による障害が一過性の軽度のものであつたとしても、右頸肩腕症候群の症状を増強、固定することも考えられるが、以上の認定した事実によれば、この場合においても、右作業がその主たる原因と認めることは困難である。
<反証判断略>
(五) 以上の認定判断を総合すると、要するに、本件疾病は、原告が差立職場から他の職場に移りFB枠の運搬作業を止めた後に発症したものであつて、右運搬作業態様は一般的にいつて本件疾病を惹起するに足りるものではなく、またその作業量も決して重激なものとはいえないし、更に原告が差立職場から他の職場に移つた後多様な疾病を生じ、その部位も移動していたのであるから、右運搬作業が本件疾病の条件になつたことが考えられるとしても、これが有力な原因となつたことを認めることはできず、むしろ、本件疾病は、原告の身体的ないし精神的素質に起因すること大であるとの疑いを容れる余地もある結果、原告の業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることができないということになる。
七してみると、被告が原告に対し本件疾病は業務上の事由によるものとは認められないことを理由に、休業補償給付をしない旨の本件処分をしたことは適法であるといわなければならない。
八以上の次第であるから、原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきものである。
(長久保武 大喜多啓光 坂野征四郎)